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かわしま法務事務所の電磁的事件簿 ~笑う門には福来る~

「親のおカネが使えない」という言葉への違和感

相続手続や相続対策のお仕事に普段取り組んでいると
最近「親のおカネが使えない」という言葉を聞くことが
随分と増えてきたなぁと感じています。

親が認知症などで判断能力が衰えてくると
もう使わなくなった土地や建物を売ることも出来なくなるし、
預貯金を引き出すのにも金融機関の対応は厳しくなってきている。
そして親が亡くなれば、相続手続を経なければ自由に財産を扱えない。

こうした不便は、いつからか「財産凍結リスク」と言われるようになりました。
最近マスコミなどによって超高齢社会におけるこの「財産凍結リスク」を
取り上げられる機会が増え、いずれ必ずやってくる相続などに係る
トラブルを未然に防ぎたいという家族の意識が高まってきていることを実感しています。

その不安を象徴する言葉こそが「親のおカネが使えない」なのかもしれません。

しかし、私がこの言葉にいつも疑問に思うのは、
親の財産が使えないことの何がいけないのか、ということ。
「使えない」と言っているのはその親の子どもでしょうか。

たとえ親子で長年親しい間柄であったとしても、
自分ではない誰かの財産を自分のものとして自由に使うことは許されないはず。

私は親の財産を「使えない」こと自体を否定できないと考えています。
逆に本人の意思に沿っているかどうかわからないのに、本人の財産が
たやすく他人の一存で「使える」としたら、本人にとって怖いことです。

実際に親族間で「親のおカネを使った」ことでトラブルが多数発生しており、
いわゆる「財産凍結」がなされること自体トラブルを防止するために意味があり、
これをクリアするために手続の面倒ごとが増えるのは仕方のないことだと考えます。

むしろ、もし親自身がの自分の財産を元から「このように使いたい」
「自分が亡くなったらこの人にバトンタッチさせたい」という思いがあるのならば、
元気なうちに制度を使って対応しましょう、ということが一番大切なのです。

そして、そうした活用が元気なうちになされないうちに
本人に判断能力が失われれば、家庭裁判所に申し立てを行って
法定後見の制度を使うることになります。

これは本人の財産を護るセーフティネットと言えるもので、
ここに成年後見制度の大きな意義があると考えます。

逆に言えば元気なうちに活用する制度を選択しておかなければ、
財産管理処分の方法の選択肢が法定後見制度等に限られてしまうわけで、
マスコミなどはこれを「不便」「面倒」と強調しているように感じます。
そしてこの後見の「不便」「面倒」をたちどころに解決するのが
民事信託・家族信託である、と喧伝している印象があります。

民事信託は、遺言や任意後見などと並ぶ選択肢として検討されうる
財産を将来にわたって管理するための良い制度であるのは間違いありませんが、

民事信託の制度の利点を殊更強調させようとするあまりに、
法定後見など本人の財産を護るためのセーフティネットたる制度まで
ないがしろにしてしまうのは、正確な情報発信とはいえないと考えます。

「親のおカネが使えない」から財産管理の制度を考えるのではなく、
自分自身が一生にわたって自分の思いに従って財産を管理処分し続けられるように、

自分から制度を選択するんだ、という視点がもっと拡がっていくことを願いますし、
そのために私たちは継続的により有意義な形で情報を発信していく必要があるように考えます。

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